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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)6504号 判決

原告

杉山茂一

右訴訟代理人

日笠博雄

被告

右代表者法務大臣

中村梅吉

右訴訟代理人

新井旦幸

右指定代理人

石塚重夫

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立て

一、原告

被告は原告に対し金一、六二〇万円およびこれに対する昭和四六年八月一八日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言。

二、被告

主文同旨の判決ならびに担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二  主張

一、原告の請求原因

(一)  本件買収処分の経緯

別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)は、もと原告の所有であつたところ、千葉県知事は、昭和二六年八月七日自作農創設特別措置法(以下、自創法という。)三〇条の未墾地として、買収の時期を同年三月二日と定め、同法九条一項但書に基づくものとした買収令書の交付に代る公告(同年千葉県告示第三八〇号、以下、本件公告という。)をして本件土地を買収した(以下、本件買収処分という。)。

(二)  本件買収処分の無効事由

1 買収対象の誤認

本件買収処分の買収計画樹立当時における本件土地の現況は農地であり、未墾地ではなかつた。このことは、本件土地等の買収計画について審議した昭和二五年一二月二日の千葉県農地委員会の議事録中に、「議案第一五一〇号(鴻ノ巣地区)の審議に入り、貞方主事より本件は旧軍用地内の未登記農地の買収である。議長之を諮り異議なく原案承認」と記載され、また本件土地の買収令書添付の物件目録の欄外表題に「一、農地」と表示されていることより明らかである。したがつて、本件買収処分は、その対象を誤認し、根拠法条を誤り、また地元田中村農地委員会の樹立すべき農地買収計画が存在しないから無効である。

2 未墾地買収計画の不存在ないしは無効

かりに、本件買収処分の買収計画樹立当時における本件土地の現況が未墾地であつたとしても、これについて千葉県農地委員会が樹立すべき未墾地買収計画は次に述べるとおり、不存在ないし無効というべきであるから、本件買収処分は無効である。

(1) 千葉県農地委員会は、前記議事録の記載から明らかなとおり、未墾地である本件土地を農地と誤認し、かつ農地買収計画の承認(同法八条)をしたにすぎない(右議事録によれば、「原案承認」であつて「原案決定」ではない。)。したがつて、同委員会の議決の内容には要素の錯誤があり、重大かつ明白な瑕疵があるから無効である。

(2) 同委員会に付議されたのは、「千葉県鴻ノ巣地区未墾地買収計画について」と題する一葉の買収計画書抄のみであり、本件土地を含む被買収地各筆についての買収計画書は議決の対象となつていないから、本件土地については、未墾地買収計画が樹立されていない。このことは、次の点に徴して明らかである。

(ア) 議案として提出された買収計画書抄(乙第一号証)と買収計画書(乙第二号証の一、二)とは、買収計画の土地の金額を異にしているから(前者においては一三四、八一七円六〇銭、後者においては一三六、二六八円八〇銭)、前者は後者のぬき書き(抄)とはいえず、別個のものというほかない。

(イ) かりに右の主張が理由がないとしても、買収計画書に添附されるべき被買収地(本件土地を含む。)各筆の調査用紙(乙第二号証の三)は議決の対象とされていない。なぜなら、右調査用紙が添附される場合には、買収計画書の「所在」欄の下に「次丁の全部」と表示すべきところ(昭和二二年一月八日二一開第二三五七号農林次官通牒様式第二号参照)、本件の乙第二号証の二にはこのような記載がないし、乙第二号証の二と乙第二号証の三とを綴じたところに契印もないからである。

3 本件公告の無効

本件公告には次のような違法な点があり、その違法はいずれも重大かつ明白であるから、本件公告は無効であり、このような無効な公告に基づく本件買収処分は無効である。

(1) 本件買収処分がなされた当時における本件土地の現況は農地であつたところ、これを自創法三〇条の規定により政府が買収する未墾地と誤認してなされた本件公告は違法である。

(2) かりに本件土地が未墾地であつたとしても、同条に基づく未墾地買収についての公告は、同条三四条に基づくことを要するところ、本件公告は、同法三条による農地買収についての規定である同法九条一項但書の規定に基づいてなされているので、本件公告には根拠法条を誤つた違法がある。

(3) さらに、未墾地買収の買収令書の交付に代る公告には、買収すべき未墾地の所在、地番を記載することが要求され、買収処分が公定力・執行力を有し執行可能となるためには、右公告において目的たる未墾地を特定することを要するところ、本件公告は、本件土地の所在地として「東葛飾郡田中村十余二」と掲げるのみで、本件土地の字である「字鴻ノ巣」および地番「二八七番ノ二八〇」の記載を欠いている。すなわち、本件公告には買収目的地の特定が不十分である違法がある。

(4) のみならず、「対価の支払方法および時期」もまた法定の公告事項であるところ、本件公告はこの点の表示を欠き違法を免れない。

(三)  損害の発生

以上のとおり、本件買収処分は無効であり、したがつて売渡処分も無効であるから、原告はなお本件土地につき所有権を有するというべきところ、被告の機関たる千葉県知事の過失による右のような違法無効な買収・売渡処分によつて、原告は、次に述べるとおり右所有権の行使が不可能となり、もしくは右所有権を喪失した。したがつて、被告は原告がこれにより被つた後記損害を賠償する義務がある。〈中略〉

二  請求原因に対する被告の認否および主張

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  請求原因(二)1の事実中、原告主張の議事録、買収令書添附の物件目録に原告主張のような記載、表示があることは認めるが、本件土地が農地であつたことは否認し、その余の点は争う。

請求原因(二)2(1)の事実は否認する。同(2)の事実中、買収計画書と買収計画抄とでは、買収計画の土地の金額につき原告主張のような不一致のあることは認めるが、その余の点は争う。

請求原因(二)3(1)の事実は否認する。同(2)の事実中、本件公告の根拠法条として自創法九条一項但書の規定が記載されていることは認める。同(3)の事実中、本件公告に本件土地の字、地番の記載を欠いていることは認める。同(4)の事実中、本件公告に「対価の支払方法および時期」の記載を欠いていることは認める。

(三)  請求原因(三)の事実中、本件土地について原告主張のような所有権取得登記がなされた後、登記用紙が閉鎖されたことは認めるが、本件土地が日本住宅公団北柏団地用地の一角にあたるとの点は不知、その余の点は争う。

(四)  請求原因(四)の損害額の点は争う。

(五)  未墾地買収としての本件買収処分について

千葉県知事は、未墾地である本件土地につき、千葉県農地委員会の樹立した未墾地買収計画に基づき本件買収処分をしたものである。このことは次の事実より明らかである。

1 本件公告は、その本文で「自創法三〇条の規定により政府が買収する未墾地」であると明記し、買収目的地として列挙する土地は、一部に地目「田」が含まれているが、他はすべて未墾地である。

2 買収令書においても、本件買収処分が自創法三〇条の規定に基づいて行われる旨明記されているほか、未墾地買収であることを示すという記号が記載されている。なお、右買収令書添附の物件目録の表題に「一、農地」と表示されている点は、様式から判断して印刷ミスと解される。なぜならば、農地買収の買収令書において、その様式上、対価欄の次に報償金欄が設けられているはずであるが、本件では、この報償金欄を欠いているからである。

3 買収計画書においては、買収目的地の地目が台帳と現況とで異なる場合には、現況地目がとくに記載されているところ、本件土地については、現況地目欄が空欄となつている。

4 千葉県農地委員会の議事録には原告の主張するような記載があるけれども、この記載態様いかんにかかわらずことを実体的に判断すれば、同委員会が本件土地につき未墾地買収計画を議決し決定する旨の意思表示をしたことは明らかである。県農地委員会が未墾地買収計画を定めた場合、当該買収計画の認可(承認)を申請する相手方は県知事であるから(自創法三一条五項、八条)、右議事録に記載された「原案承認」が知事に対する認可(承認)申請を意味するものでないことは当然であるし、また地元村農地委員会の樹立した買収計画に対する承認(同法八条)ともいえないことは自明である。

なお、本件土地を含む買収目的地各筆について議決されたことはいうまでもない。本件の買収計画書の二枚目(乙第二号証の二)の買収計画の表示は、同書三枚目以下(乙第二号証の三)の買収各土地を集計したものであるところ、議案としては、右集計部分のみを転記して買収計画書抄(乙第一号証)と表示したにすぎず、右乙第一号証と乙第二号証の二とでは、その記載からみても、前者の別記部分が後者の転記であることは明らかである。買収対価一致の点は、集計上の単なる計算上の誤謬について後者を訂正したにすぎず買収各土地の変更を意味するものではない。

(六)  本件公告の適法性について

1 本件公告中に本件買収処分の根拠法条として自創法九条一項但書の規定を表示したのは、未墾地買収における公告の根拠条文である同法三四条一項が右規定を準用しているところから、同法三四条一項の規定の表示を省略し、右九条一項但書のみを掲記したことによるものであり、そのこと自体違法とまではいえない。かりにこの点が誤記であり違法であるとしても、なんら重大な瑕疵ではない。買収令書の交付に代る公告は、一般人に周知される目的でなされるものではなく、被買収者たる特定人に対する告知方法にすぎないから、適法に作成された買収令書を交付できない場合に、これを被買収者が了知しうる範囲に置き、これによつて被買収者が欲すればそれほどの手数を要せずその処分の内容を了知しうる状態に置けば十分であるというべきところ、本件公告本文には、前述のとおり「自創法三〇条の規定により政府が買収する未墾地で……」と明記されているのみならず、農地買収と未墾地買収とでは公告要件が同一である以上、形式的には根拠法条の記載を誤つていても、実質的にみれば被買収者たる原告の保護になんら欠けるところはない。

2 次に、右に述べた公告の意義からすれば、買収目的地は被買収者との関係において特定していれば足りるというべきところ、本件買収処分は、一筆の土地の一部の買収でもなく、また公告するにあたり数筆の土地の面積の総数のみを記載したものでもないばかりでなく、原告は本件買収処分の当時千葉県東葛飾郡田中村十余二には本件土地の一筆しか所有しておらず、それも将来宅地とすることを目的として戦前に分譲会社から購入したものであるから、原告において買収の対象が本件土地であることは十分特定して認識しえたということができ、字、地番の表示を欠く点は、重大な瑕疵にあたらないというべきである。

3 さらに、自創法の規定に基づく買収が、農地法の規定に基づく買収と異なり、対価の支払いまたは供託がなくとも買収処分の効力に影響がないこと(自創法一二条一項)からも窺われるように、「買収対価の支払方法および時期」は、いわば買収処分に後続する対価の支払手続のことを知らしめるにすぎないから、被買収者にとつて最も重要な意義を有する買収対価の記載がある以上、右のような附随手続上の記載を欠いても重大な瑕疵とはいえない。

(七)  本件買収・売渡処分と原告の所有権喪失との因果関係について

かりに、本件買収・売渡処分が無効であつたとしても、右処分と被売渡人の取得時効完成による原告の所有権喪失との間には、いわゆる自然的因果関係(条件関係)が存するにすぎず、法律的因果関係(相当因果関係)はないというべきである。なぜなら、原告の所有権喪失の直接の原因は、被告の機関たる千葉県知事の買収・売渡処分にあるのではなく、もつぱら被売渡人による時効取得にある。そればかりでなく、右買収・売渡処分が無効であれば、原告は本件土地の所有権を喪失しなかつたはずであり、原告は被売渡人に対してはもとより、何人に対してもその所有権を主張しえたはずであるから、本件土地が被売渡人によつて時効取得され、その結果原告が所有権を喪失するがごときは、無効な買収・売渡処分により通常生ずべき損害とはいえないからである。被売渡人の取得時効が完成したとすれば、原告はその責任においてまさに権利の上に眠つていたのであり、このようような原告に対し被告がその所有権喪失につき責任を負い、損害賠償義務を負担しなければない理由は毫も存しない。

三、被告の主張に対する原告の認否および反論

(一)  未墾地買収の根拠について

1 被告の主張(五)1の事実中、本件公告に被告主張のような明記のあることは認める。

2 被告の主張(五)2の事実中、本件の買収令書に被告主張のような明記がなされていることは認めるが、その余の点は争う。農地買収における買収令書において買収の対象を表示するのに報償金を記載しなければならないものではないから、本件において、報償金欄のないことは、印刷ミスではなく、かえつて農地買収であることの証左といえる。また、被告が指摘する「一、農地」という表示は、不動文字で印刷されているのに対し、買収令書の「自創法三〇条の規定により……」という記載中の「三〇」という数字は、ペン書きで記入されているのであるから、むしろ右ペン書き部分を「三」(自創法上の農地買収の根拠法条である三条の条文番号)と記入すべきところを誤記したものとみるのが自然である。

3 被告の主張(五)3の事実は争う。土地の現況は事実に基づいて決定されるべきところであり、買収計画書の現況地目欄の記載態様いかんにかかわらない。本件土地の現況欄に「農地」と記載されていないのは、千葉県農地委員会の明らかな懈怠による。

4 被告の主張(五)4の事実は争う。

(二)  本件公告の適否について

1 被告の主張(六)1の事実中、本件公告本文中に被告主張のような明記のあることは認めるが、その余の点は争う。行政処分は、行政主体の公の権威をもつて表示されるものであり、相手方はその表示を信頼することも当然であるから、表示されたところにしたがつてその効果を決すべきところ、本件公告中には、その根拠法条として自創法三四条などどこにも表示されていない。しかも、本件の千葉県告示三八〇号中に被買収地として「田」も入つている(このような農地の場合の公告の根拠規定が同法九条一項但書である。)ことは、被告も自認するとおりであるから、本件公告中に右九条一項但書を掲記したことが、いちがいに誤記であるとは断定できず、むしろ作為的な記載とみるべきものである。

なお、自創法三〇条の規定による未懇地買収は、買収令書の交付またはそれに代る公告によつて効力を生じ、買収令書または公告に記載された買収時期にその所有権が政府に帰属し、右未墾地に関する権利が原則として消滅するのであるから(同法三四条、一二条一項)、右公告は、買収計画の公告などとは性質を異にし、単に被買収者たる特定人に対する告知方法にとどまらず、買収処分そのものの効力発生要件である。

2 被告の主張(六)2の事実中、原告が本件土地を将来宅地とすることを目的として戦前に分譲会社から購入したことは認めるが、その余の点に争う。買収の対象物は、事実関係を探究することによつて特定されるのではなく、公告における表示そのものにおいて特定されていなければならないから、かりに、原告が本件買収処分の当時千葉県東葛飾郡田中村十余二に本件土地の一筆しか所有していなかつたとしても、右事実は、本件公告における買収目的地の特定性とは無関係である。のみならず、処分庁の一方的な過誤によつて惹起された瑕疵ある処分について、処分庁自らはその過誤を看過して補正の手続をとることもなく放置しておきながら、後に、被処分者は買収の対象が本件土地であることは十分特定して認識しえたはずであるからその瑕疵は重大といえない、と主張することが許されないことは理の当然である。

3 被告の主張(六)3の事実は争う。およそ、土地の取引において、対価だけを定めるということはなく、当然に対価の支払方法およびその支払時期も同時に定めるのが社会における普通の事例であり、本件の買収令書においては、対価の支払時期につき「本買収令書交付の日以前後支払請求のあつたとき」と記載され、しかも右令書には対価受領の委任状と受領証が添附されていることからも窺えるように、対価の支払方法および支払時期は、被買収者にとつて重要な意義を有するものであり、単なる買収処分の附随手続だとはいえない。そればかりでなく、未墾地買収は、買収令書あるいはそれに代る公告に記載された買収時期に土地所有権を一方的に収用する処分であるから、公告に「対価の支払方法および時期」を定めないというようなことは、憲法一三条の趣旨にももとるというべきである。

(三)  相当因果関係について

被告の主張(七)の事実は争う。被告の機関たる千葉県知事の本件買収・売渡処分およびそれに附随する一連の行為(登記用紙の閉鎖、新登記用紙の編綴など)がなければ、被売渡人およびその承継人における本件土地の占有状態がそもそも存在しないわけであり、したがつて右被売渡人もしくはその承継人による時効取得も生じなかつたはずであるから、右取得時効の結果による原告の本件土地所有権喪失と千葉県知事の右不法行為との間には、相当因果関係があるというべきである。被告主張のように、相当因果関係を否定し、被告に対する損害賠償請求を封ずるとすれば、被告は、善意の第三者に売渡しさえすれば一〇年で不法行為責任の追及を免がれることになり、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効が不法行為の時から二〇年とされることと背馳するのみならず、無権利者による売渡しという不法行為により動産の売渡しを受けた者が即時取得で右動産の所有権を取得した場合においては、原権利者が不法行為者に対して民法七〇九条に基づく損害賠償を請求できること、回復者の占有者に対する損害賠償請求権を定めた民法一九一条は、無過失の占有者が他人の所有物を第三者に譲渡し、その第三者において取得時効が完成した場合についてすら適用があることに比しても、不公平、不合理である。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一本件土地は、もと原告の所有であつたところ、千葉県知事は、昭和二六年八月七日自創法三〇条の未墾地として、買収の時期を同年三月二日と定め、同法九条一項但書に基づくものとして本件公告をなし本件買収処分をしたことは当事者間に争いがない。そこでまず、本件買収処分について原告主張の無効事由があるか否かについて判断する。

二買収対象の誤認の有無について

原告は、本買収処分の買収計画樹立当時における本件土地の現況は農地であり、未墾地ではないから、対象を誤認し、根拠法条を誤つた本件買収処分は無効であると主張するのでこの点について検討する。ところで、(1) 本件土地等の買収計画について審議した昭和二五年一二月二日の千葉県農地委員会の議事録中に、「議案第一五一〇号(鴻ノ巣地区)の審議に入り、貞方主事より本件は旧軍用地内の未登記農地の買収である。議長之を諮り異議なく原案承認」と記載されていること、(2) 本件土地の買収令書添附の物件目録の欄外表題に「一、農地」と表示されていることはいずれも当事者間に争いがない。しかしながら、関係証拠に照らしてみると、右(1)、(2)の点は、いずれも原告の主張事実の裏付けとなすには足りないというべきである。すなわち、まず(1)の点についてみると、〈証拠〉によれば、本件土地は当時地目を山林として登記されていたことが認められるので、これを未登記農地だとする貞方主事の前記説明部分が右登記簿の表示に反することが明らかであるのみならず、〈証拠〉によれば、右委員会の審議に付された同日付の議案第一五一〇号には、「千葉県鴻ノ巣地区未墾地買収計画についてと題し、同買収計画は別記(千葉県鴻ノ巣地区未墾地買収計画書抄)のとおり定めるものとする旨明記されており、右地区の買収が貞方主事の説明するような旧軍用地内の未登記農地の買収である旨の記載が全くないこと、付議された買収計画書添附の買収目的地各筆調査用紙の地目欄には、台帳と現況とを区別して記載されるようになつているところ、農地という記載はどこにもないこと(本件土地については、台帳地目欄に山林と記載され、現況地目欄は空欄となつている)、したがつて貞方主事の前記説明は一見して明らかに議案の内容と異なるのに、この点につき同委員会で質疑応答がなされた形跡は全くないことが認められるので、前記議事録中の貞方主事の説明部分の記載はきわめて不自然というほかなく、これをそのまま措信することはできない。そればかりでなく、未墾地買収は、小面積の場合を除き、都道府県農地委員会の樹立する未墾地買収計画により、かつこの計画については都道府県知事の認可を要するのに対し(自創法三一条一項、五項、三八条)、農地買収においては、市町村農地委員会の樹立する農地買収計画により、かつこの計画については都道府県農地委員会の承認を要するのであるが(同法六条一項、八条)、本件において、鴻ノ巣地区の地元村農地委員会の樹立した農地買収計画が存し、かつこれについて前記県農地委員会に付議されたものでないことは、前掲乙第三号証の記載に徴して明らかであるから、議事録中に記載されている「原案承認」が原告の主張するように右に述べた農地買収計画の承認を意味するものでないことは当然である。次に、(2)の点について考えるに、報償金は、農地買収の場合において、被買収者に対しその農地の面積(その農地の面積が自創法三条一項三号の面積を超えるときは同号の面積)に応じて交付されるものであるところ(同法一三条三項)、成立に争いのない乙第四号証によれば、本件買収令書の用紙には報償金欄と報償金交付の根拠法条が印刷されているほか、農地買収における買収令書の規定である自創法九条も不動文字で明記されていることが認められるので、買収令書の用紙自体は、農地買収用のものであるということができるけれども、その添附物件目録の用紙には、欄外表題に不動文字で「一、農地」と印刷されていながら、報償金欄の記載がないことが認められるので、右用紙は、買収令書の様式を示した昭和二二年二月一〇日二二開第二一一号農林次官通牒「自作農創設特別措置法による民有未墾地買収に伴う買収令書に関する件」に照らし、農地買収用としても、また、未墾地買収用としても形式上不備があるものといわなければならない。のみならず、右乙第四号証によれば、本件買収令書には、「自作農創設特別措置法第 条の規定による買収を下記により行う。」と印刷されてある該空欄に、未墾地買収の根拠法条を示す「30」が、また右令書およびこれと一体を成している委任状用紙の各余白に、未墾地買収を意味するものと考えられる「」という記号がいずれもペンで記入されていること、添附物件目録中の地目欄には「山林」とペン書きされ、かつ報償金に関する記入は全くないことが認められ、右事実によれば、本件の買収令書の作成にあたつた担当者は本件土地を未墾地として扱つたことが明らかである。これによれば、結局、右担当者は、不用意に農地買収用の買収令書の用紙(しかも添附物件目録については前述のとおり不備な点がある。)を用いたにすぎないと考えるのが相当であり、前記「一、農地」という表示はこれを無視するほかはない。

なお、本件公告中には、その根拠法条として、自創法三条による農地買収についての規定である同法九条一頃但書が掲記されていることは当事者間に争いがないけれども、他方、右公告には、「自創法三〇条の規定により政府が買収する未墾地で……」と明記されていることも当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右公告となつた買収目的地の所在地の冒頭に「未墾地所在地」と、また本件土地の地目欄には「山林」とそれぞれ表示されていることが認められ、未墾地買収において買収令書の交付に代えてなされる公告の直接の根拠規定である自創法三四条が同法九条一項但書を準用していることを考えると、本件公告記載の前記根拠法条は単なる遺脱ないし誤記と認めるべきであり(この点が本件公告の効力を左右するものでないことは後記四の(二)で判示するとおりである。)、本件土地であつたとする原告主張の肯認資料とはなし難い。

さらに、本件土地は原告が将来宅地とすることを目的として戦前に分譲会社から購入したものであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証(鴻ノ巣台経営地分譲案内書)によれば、分譲の対象とされた本件土地を含む附近一帯の土地約四〇万坪の中には畑も混在していたことが認められるけれども、右分譲は戦前のことであつて、全分譲地中のどれが畑であるか、また本件土地がそれに該当するか否かは甲第一号証の記載だけからは判然としないから、右甲第一号証には特段の証拠価値を認め難い。そして他に原告の前記主張を認めるに足りる証拠はないので、右主張は採用できない。

三未墾地買収計画の樹立について

本件土地が登記簿上その地目を山林として表示され、一連の買収手続においても右同様に取り扱われていたことは前示のとおりであるから、右事実によれば、本件買収処分の買収計画樹立当時における本件土地の現況は山林であつたことが推認され、前掲甲第一号証も右推認を左右するに足りず、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。そして本件土地が自創法三〇条の未墾地として買収されたことは前叙のとおりである。ところで、自創法三〇条の未墾地とは、現況が山林、原野等でいまだ農耕地として記載されていないが、その自然的条件、経済的条件において開墾するに適当な土地を指し、その認定は、県農地委員会の法規裁量に委ねられているところ本件においては、前顕乙第三号証に関し前記二で認定説示したところに弁論の全趣旨を総合すると、千葉県農地委員会は、現況が山林である本件土地を自創法三〇条の買収適格地と認定したうえ、同法三一条一項所定の未墾地買収計画を樹立したものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。もつとも、本件土地が同法三〇条一項各号のいずれによる買収適格地として右計画が樹立されたかは証拠上明らかではないけれども、このことのゆえに前示買収計画が当然無効となるものではない。

この点に関し、原告は、まず右委員会は未墾地である本件土地を農地と誤認し、かつ農地買収計画の承認をしたにすぎないから、同委員会の議決の内容には要素の錯誤があり、重大かつ明白な瑕疵があるから無効であると主張するが、その理由のないことは前認定事実に徴して明らかであり、採用の限りではない。

さらに原告は、同委員会に付議されたのは一葉の買収計画書抄のみであり、本件土地を含む被買収地各筆についての買収計画書は議決となつていないから、本件土地については未墾地買収計画が樹立されていないと主張するが、右買収計画書が同委員会に付議されたことは前示のとおりであるから右主張も採用することができない。議案として提出された買収計画書抄(乙第一号証)と買収計画書(乙第二号証の一、二)とでは買収計画の土地の金額を異にしている(前者においては一三四、八一七円六〇銭、後者においては一三六、二六八円八〇銭となつている。)ことは当事者間に争いがないけれども、右乙第一号証、同第二号証の二によれば、右乙第二号証の二には乙第一号証と同一の金額が記載されていたところ、これを抹消したうえ、前示金額をその左側に記入したものであることが認められ、右事実によれば、右乙第二号証の二は買収各土地(乙第二号証の三)の集計であり、右乙第一号証は議案としての便宜上右集計部分のみを転記したものであるところ、買収対価集計上の計算に誤謬があつたため、これを訂正したものと推認することができるので、この点は原告の主張を裏付けるものではない。また、乙第二号証の二と乙第二号証の三とを綴じたところに契印を欠くことは原告主張とのおりであるが、契印は、作成者がそれを一個の文書として作成したことを推知させる証拠方法にすぎず、かつそれだけが唯一の証拠方法でもないから、契印がないからといつて当然に文書の一体性が否定されるわけではないのみならず、乙第二号証の二が乙第二号証の三を集計したものであり、乙第二号証の二が付議の対象とされたこと前叙のとおりであるから、この点も原告のさきの主張を肯認させる資料となるものではない。なお、原告は、買収計画書に被買収地各筆の調査用紙が添附される場合には、買収計画書の「所在」欄の下に「次丁の全部」と表示すべきであると主張するけれども、その法的根拠として引用する昭和二二年一月八日二一開第二三五七号農林次官通牒「自作農創設特別措置法による民有未墾地等買収要領に関する件」様式第二号をこのように解すべき根拠はないから、右主張は失当である。

四本件公告の適否について

(一)  公告対象の誤認について

原告は、本件買収処分がなされた当時における本件土地の現況は農地であつたところ、これを未墾地と誤認してなされた本件公告は違法無効であると主張するが、その前提において理由のないことは前段の認定説示により明らかであるから、右主張は採用しない。

(二)  根拠法条の誤記について

本件買収処分は自創法三〇条に基づく未墾地買収であるから、買収令書の交付に代えてなされる公告は、同法三四条一項に拠るべきところ、それが農地買収における公告の根拠規定である同法九条一項但書によるものとして公告中に掲記されたことは前叙のとおりである。しかしながら、元来行政処分は不要式処分であることが原則であり、法規に拠らずして行政処分の有効要件としての形式を考えることはできないところ、未墾地買収の買収令書の交付に代る公告中にその公告の根拠法条を明示すべき旨命じた法規は存しないので(同法三四条一項、六条五項、三一条四項各号参照)、本件公告に原告主張のような根拠法条の遺脱ないし誤記があつたとしても、このことはなんら本件公告の効力に影響を及ぼすものではないのみならず、本件公告には、右公告が同法三〇条による未墾地買収についてのものであることが明記されていることは前示のとおりであるから、表示上の遺脱ないし誤記にすぎないことが明瞭であり、このような場合には、正しきにしたがつて効力を生ずるのである。付言すれば、自創法三四条一項は右のように同法九条を準用しているので、農地買収の場合も、未墾地買収の場合も、実質的な公告要件は同一である。よつて、原告のこの点に関する主張は採用しない。

(三)  字、地番の記載の欠缺について

本件公告は、本件土地の所在地として「東葛飾郡田中村十余二」と掲げるのみで、本件土地の字である「字鴻ノ巣」および地番「二八七番ノ二八〇」の記載を欠いていることは当事者間に争いがない。ところで、未墾地買収処分は、買収令書の交付またはこれに代る公告によつてなされる要式処分であるから、買収目的地が買収令書またはこれに代る公告上で特定されていなければならないことはいうまでもなく、自創法三四条一項で準用される同法九条二項一号(三一条四項二号)において、買収すべき土地の所在、地番および面積が法定の記載事項とされているのは、この趣旨によるものと考えられる。しかし、いかなる程度に特定されていることを要するかということは、もともと具体的な場合における程度の問題であつて、これを余り厳格に解することは、実際的でなく、急速かつ広汎に自作農を創設するという法の目的(同法一条)にそぐわないことにもなりかねないのみならず、公告は、不特定多数人に対して告知するためのものではなく、処分の相手方たる被買収者に処分内容を知らせることを目的とするためのものであるから、公告中の記載に過誤があつても、被買収者においてその過誤を容易に認識できる程度のものであれば、重大な瑕疵とはいえないというべきである。これを本件についてみると、前掲甲第二号証、同第三号証、乙第五号証によれば、本件公告において表示された本件土地の地目、面積は、閉鎖前の登記簿上の表示と同一であり、所在についても、前記字、地番の欠缺以外は符合していること、本件買収処分は、一筆の土地である本件土地の全部についての買収であることが認められる。そして原告が戦前本件土地を将来宅地とすることを目的として購入したものであることは前示のとおりであり、原告が本件買収処分の当時、千葉県東葛飾郡田中村十余二に本件土地以外に土地を所有していなかつたことは弁論の全趣旨によつて認められる。したがつて、処分の相手方である原告においては、字、地番の表示が欠けていても、被買収地が本件土地であることは容易に認識できたものというべく、公告上の買収目的地の特定性に欠けるところはないから、この点の違法無効をいう原告の主張は採用しない。

(四)  対価の支払方法および時期の記載の欠缺について

本件公告において、対価の支払方法および時期の記載が欠缺していることは当事者間に争いがない。ところで、自創法三〇条に基づく未墾地買収において、「対価」と「対価の支払方法および時期」とはひとしく法定の公告事項とされているけれども(前者につき自創法三四条一項、九条二項一号、六条五項三号、後者につき同法三四条一項、九条二項二号)、これを命じている法の趣旨目的は彼此全く同一ではない。すなわち、「対価」を記載事項としたのは、自創法に基づく買収処分が土地所有者の意思の有無にかかわらず自作農創設の目的のために、強制的に国にその所有権を取得させるものであることに鑑み、右買収が憲法二九条三項の要請する正当な補償のもとになされたことを被買収者に了知させるとともに、右対価が被買収者にとつては最も重要な意義を有するからであるのに対し、「対価の支払方法および時期」が記載事項とされるのは、買収処分に附随する対価支払手続についても(なお、買収処分の効果発生時期につき、自創法一二条一項は、農地法一三条一項のように対価の支払いまたは供託時とせず、令書または公告記載の買収の時期としている。)、書面上これを明らかにし、被買収者に対し買収対価の支払いを明確にさせるためにほかならない。したがつて、対価自体の記載を欠くことがその買収処分の効力を左右することがあるのは格別、本件土地の買収対価の記載がある本件公告においては(前掲甲第二号証、乙第五号証によつてこれを認める。)、右対価の支払方法および時期の記載を欠缺しているからといつて、その瑕疵は軽微というべきであり、本件公告を無効とするほど重大なものとはいえない。この点に関する原告の主張も採用できない。

五以上いずれの点からも、本件買収処分には、違法無効の瑕疵はないから、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高津環 上田豊三 篠原勝美)

物件目録

千葉県東葛飾郡田中村十余二字鴻ノ巣二八七番の二八〇一、山林一〇八〇平方メートル(一反二七歩)

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